「聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。」(ローマ1:4)

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ナザレのイエスは神の子か? 見えない神の手が聖書の著者たちを動かし、イエス・キリストの神格、十字架での死、復活の証拠を残させるに至ったという証拠や預言は、数百にも上ります。聖書では、救世主に関する数百の預言がありますが、そのすべてがイエス・キリストにより実現されています。イエス復活の史実とその現実性は、キリスト教信仰の中でも、最も重要な柱です。

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イエスは「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」(ヨハネ10:18)と言い、パウロは「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。 そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。 それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。 もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。 そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。 もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。」(第一コリント15:13ー19)と言いました。復活の現実性と史実性は、キリスト教の最重要ポイントです。死からの復活により、イエスは自分が神の御子であることを公に証明したのです。(ローマ1:4)

R・マッケイン・エドガーは『復活した救い主の福音』で、

「『師』である彼は、死後、その墓から再びよみがえることにより、自らの能力に関するすべての発言を、穏やかに公言しているのである。イエス以前も、イエス以後も、このような発言がなされたことは一度もない。桁外れとも言えるイエスの発言に対し『預言を学ぶ神秘主義者が生み出したものに過ぎない』あるいは『福音書の話の一部として挿入された』といった議論は、物事を信じやすい私たち人間にとっては、非常に紛らわしく混乱を呼ぶものだ。しかし、墓からよみがえり、私たちの目の前に立つ能力に自分のすべてをかけようというイエスは、あらゆる『師』の中でも最も独創的人物である。自らの証言どおりに生きた彼の教えが、その人となりが、燦然と輝いているではないか!」

イエスは自らの復活を予測し、また死からのよみがえりこそが、自分の救世主としての立場を示す「しるし」であると強調しています。(マタイ12 38-40、16 21、17 9、17 22-23、20 18,19、26 32、 27 63、マルコ8 31、9 1、9 10、9 31、 10 32-34、14 28・58、ルカ9 22、ヨハネ2 18-22、12 32-34)

「そこで、ユダヤ人たちが答えて言った。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。」(ヨハネ2:18-22)

歴史学的に考えても、イエスの復活が一定の時空間の中で起きたことが分かります。著名な研究者であり教育者であるウィルバー・スミスはこう言っています。

「復活の意味(・・)は、神学的問題であり、復活の事実(・・)は歴史学的問題である。復活したイエスがどのような身体的状況にあったかは謎かもしれないが、彼の遺体が実際に墓からなくなったことは、歴史学的証拠として見極められなければならない。墓所がはっきりしていたこと、墓の所有者が事件発生後も数十年は存命だったこと、墓が頑強な岩で造られていたこと、また地理的重要性のあるエルサレム近くの丘にあったこと、墓の前にはオリンポス神殿の天使ではなく、ローマ兵が配置されたこと、サンヘドリンがエルサレムで定期的に行われる会議の名前であったこと・・・。そして何よりも、イエスがただの人間だったのか神の御子だったのかはともかく、実在の人物であり、弟子を従えながら人々と共に食事をし、眠り、苦しみ、働き、死んだ『よみがえりの主』について教えを説いていたことは、数多くの書物に書かれている。こうした事実の議論は『教義的』問題ではなく、あくまで『歴史学的』問題である。(中略)イエスの死の直前あるいはその今わの際のエルサレムの状況は、世界中の誰が死んだ時よりも詳しく書かれている」〔1〕
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キリスト復活の証拠は、十分過ぎるほどあります。その一部をここにご紹介しましょう。

1.歴史の証言

紀元1世紀末に生きたユダヤ人歴史家のヨセフスは『ユダヤ古代誌』でこう述べています。

「この時代にイエスが生きた。イエスは驚くべき奇跡を行い、その教えを喜んで受け入れる人々から師とされた。もしあえて彼のことを『人間』と呼ぶのであれば、彼は非常に知恵のある人であった。彼は、たくさんのユダヤ人とギリシア人の心を捉えた人物であり、キリストであった。ピラトがユダヤ最高権力者による告発を聞き、彼を十字架の刑に定めた時にも、彼を愛した人々は彼をあきらめなかった。そして神の預言者たちが預言したように、彼は3日目に甦り、彼の信奉者の前に姿をあらわした。そして、彼にちなんで名づけられたキリスト教徒たちは、今日においても霧散することなく未だに彼を信じている」

ヨセフスは、ローマ人を喜ばせようとしていたユダヤ人です。この話が真実でなければ、また、キリストを罪に定めたピラトに関するこの記述がローマ人の喜ぶものでなければ、彼がこうした話を書いたはずがありません。

2. 弟子たちの証言

ハーバード法化大学院のサイモン・グリーンリーフ教授は、使徒たちの証言について、著書の中でこう説明しています。

「弟子たちは、『キリストの復活、罪の告白とキリストに信仰を持つことだけに、真実がある』と宣誓している。弟子たちは、恐ろしいまでの拷問にさらされた時にも、一様にこの教義を主張している。彼らの師匠は、悪人として死刑になったばかりであり、その教えは、世界中の宗教や哲学を覆すものであった。世界中のあらゆる法律や掟は、その教えに反しており、世界中が彼らの敵であった。どんなに当たり障りないように、平和裏に収めようとしても、この新しい信仰を伝える彼らを待っていたのは、侮辱、反対、罵倒、迫害、投獄、拷問、残酷な死であった。

それでも、彼らは自分の信仰を必死に伝えようとした。彼らが耐え忍んだあらゆる困難は、落胆ではなく喜びを呼んだ。弟子たちが次々と悲惨な殉教を遂げ、生き残った者たちは迫害の只中に置かれた時にも、彼らは活力に満ち、その信念をさらに強くしていった。戦争中の軍の記録でも、このようにたゆまぬ英雄性、忍耐、勇気ある前向きな姿勢はほとんど見られない。彼らを落ち込ませ、悲しませる出来事は日常茶飯事であった。そうした状況の中で、彼らが自分たちの信仰の土台を、そして自分たちが主張していた真理と事実を、もう一度注意深く見直し、考え直す理由はいくらでもあったのである。それでも、彼らの信念は変わらなかった。イエスが実際に死からよみがえったのでなければ、そしてそれを事実として彼らがはっきりと知っていなければ、これだけの確信と勇気を持って、イエスへの信仰を主張できたはずがない。」〔2〕

十字架刑の後、十二使徒は当局からの迫害を恐れて身を隠しました。一部で言われているように、番兵に金をつかませてイエスの墓から遺体を盗むような勇気は、彼らにはなかったのです。しかし、それから間もなく、イエスを裏切ったユダを除く十二使徒は、イエスが死からよみがえった神の御子であることを伝えながら、みんな殉教していきます。ローマ政府によるイエス逮捕の直後には、自分とイエスの関係を何度となく否定したペテロも、十字架の直後にはすでにエルサレムに入り、死の危険に晒されながら、イエスがよみがえった神の御子であることを説いています。熱烈な信仰を持っていたペテロは、処刑される時、「自分がキリストと同じ方法で死ぬのは畏れ多い」と言って、逆さ十字架にかかるほどでした。イエスのわき腹に手を入れた弟子のトマスは、槍によって刺し殺され、イエスの弟であるヤコブは、よみがえったイエスを見て回心した後、石打の刑で死んでいます。(第一コリント15:7)

嘘のために死ぬのは中々難しいことです。政治のために命を落とす人はいても、自分が信(・)じていない(・・・・・)ことのために死ぬ人はいません。萎縮し、怖気づいていた使徒たちを、信仰を大胆に語る雄弁な伝道者に変えた「何か」があったのです。使徒行伝では、イエスがよみがえった後、使徒たちの前に姿を現した様子が書かれています。

「イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現われて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。」(使徒1:3)

3.イエスは確かに十字架で死んだ

十字架の上で、「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した。』と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。 その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。それで、兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである。」(ヨハネ19:30-35)

「すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。『エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。』それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方はまことに神の子であった。』と言った。」(マルコ15:36-39)

「すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた。 」(マルコ15:42-45)

ローマ政府の百人隊長がイエスの死を確認し、その報告を受けたからこそ、ピラトはイエスの死体をアリマタヤのヨセフに与えることを許可したのです。

「そこで、ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り降ろしてその亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納めた。墓の入口には石をころがしかけておいた。 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスの納められる所をよく見ていた。」(マルコ15:46-47)
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4. 岩

「さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。女たちは、『墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。』とみなで話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。」(マルコ16:1、3、4) マタイの27:60にも「大きな石」という表現があります。この石はおよそ2トンあったと言われています。

5. 封印

巨大な岩は、墓泥棒を防ぐのに役に立ったでしょう。しかしそれ以上に重要なのは、岩に封印がされていたことです。パリサイ人はピラトの所に行き、イエスが三日後によみがえると話していたことを説明し、十字架刑から三日間はイエスの墓を護衛するよう要請しました。「ですから、三日目まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『死人の中からよみがえった。』と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前のばあいより、もっとひどいことになります。」ピラトは『番兵を出してやるから、行ってできるだけの番をさせるがよい。』と彼らに言った。そこで、彼らは行って、石に封印をし、番兵が墓の番をした。」(マタイ27:64-66)

A・T・ロバートソンの『新約聖書の言葉』は、岩の封印方法についてこのように説明しています。「ダニエル6:17(「一つの石が運ばれて来て、その穴の口に置かれた。王は王自身の印と貴人たちの印でそれを封印し、ダニエルについての処置が変えられないようにした。」)にあるように、岩に紐を渡して、それぞれの端を封印したと思われる。ローマ政府の権威と力の証であるこの印を守るため、封印作業にはローマ兵が立ち会った。イエスの遺体の盗難を防ぎ、復活を否定するために彼らはベストを尽くしたのだ。しかしその目論見は脆くも破られ、彼らはイエスの復活と空の墓の証人となったのである」〔3〕

6.遺体を包んでいた亜麻布

シモン・ペテロはイエスの墓に入り、イエスの頭を巻いていた布が、遺体を包んでいた亜麻布とは別に丸めてあるのを見ます。(ヨハネ20:3-9)ジョン・R・W・ストットは、「墓にたどり着いた時、使徒たちがそこで見た光景を想像するのはさほど難しくない。巨大な岩は壊れ、イエスの体を包んでいた布切れと頭を包んでいた布切れが、それぞれ丸められて床に転がっている・・・。彼らが『見て、信じた』のは尤もだ。イエスの遺体を包んでいた亜麻布が床に転がっていたことは、復活の現実性とその性質を物語るものである。それは、蝶に変わって飛び立った後の、さなぎのようであったに違いない」〔4〕

7. 隠ぺい工作

パリサイ人たちの報告に対する「番兵を出してやる」というピラトの発言は、パリサイ人お抱えの神殿番兵を使いなさいという意味だとも考えられます。しかし、この場合には、墓の護衛要請にわざわざピラトの所に行った意味がありません。このため、専門家の間では、ピラトがローマ兵の出動を認めたと認識されています。イエスがよみがえった時、「数人の番兵が都に来て、起こった事を全部、祭司長たちに報告」しました。(マタイ28:11)祭司長たちは、番兵たちに嘘をつくように指示します「・・・『夜、私たちが眠っている間に、弟子たちがやって来て、イエスを盗んで行った。』と言うのだ。もし、このことが総督の耳にはいっても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから。」 そこで、彼らは金をもらって、指図されたとおりにした。それで、この話が広くユダヤ人の間に広まって今日に及んでいる。」(マタイ28:13-15)

ローマ軍の厳しい軍律を考えれば、眠っている間に遺体が盗まれたという彼らの職務怠慢に対するピラトからの処分(おそらく死刑)を恐れたに違いありません。「もし、このことが総督の耳にはいっても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから。」という口ぶりから考えれば、彼らはピラトにも影響力があり、問題の番兵を処分しないよう説得することができたのでしょう。そして身の安全を保証した上に、さらに番兵に金をつかませて、嘘をつくように指示したのです。ここで再び、これが自分たちの管理下にあった神殿番兵であれば、賄賂を渡す必要はありません。賄賂のやり取りがあった事実こそ、イエスの体が盗まれたわけではないことの証拠です。

アルバート・ローパー教授は、この時に墓の護衛に当たった番兵の数を10人から30人とし、また墓の封印にはローマ帝国印が使われたとされています(この封印を違法に破った者は死刑)。〔5〕また、ウィリアム・スミス教授は、兵隊4人が一組になり、内1人が交代で歩哨に立つというローマ軍の基本慣習から、少なくとも4人の番兵がいたはずであるとしています。〔6〕

マタイは、この夜のことを以下のように描写しています。「すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。 その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。番兵たちは、御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。」(マタイ28:2-4)
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8. イエスの苦しみ

イエスは十字架の上で死なず、ただ気を失っただけであり、墓に入れられた後に息を吹き返して、その場を去っただけだという人もいます。

この主張が見落としている点は、十字架刑はもちろん、その前にイエスが経験した凄まじい拷問の事実です。ローマ政府に逮捕される前のイエスがパレスチナ中を旅している事実を考えれば、彼の健康状態は極めて良かったといえるでしょう。しかし木曜日の夜、ゲッセマネの園で祈っていたイエスは翌日に何が起きるか考えながら、大きな精神的苦悩に耐えていました。外科医であったルカは、この時の状況を「血の汗」をかいたと記録しています。これは毛細血管から出血した血が汗に混ざる血汗症と呼ばれる非常に稀な現象で、極度の精神的・感情的緊張に襲われた時に発生します。〔7〕

イエスが逮捕されると、祭司長や警吏、神殿の長老たちはイエスをあざ笑い、目隠しをした上で、鞭で打ちます。「彼らはみなで言った。『ではあなたは神の子ですか。』すると、イエスは彼らに『あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。』と言われた。」(ルカ22:70)というやり取りの後、彼らはイエスをピラトの元に連れ出し、国民を扇動して皇帝への納税を禁じたこと、自分がキリストであり王であると言ったと告発します。しかしピラトはイエスに罪を認めず、また彼がガリラヤの出身であることを知って、ヘロデの元に送ります。かねてよりイエスの噂を聞き、イエスの奇跡を見たいと思っていたヘロデは喜んでイエスを受け入れて様々な質問をしますが、イエスは何も答えませんでした。ここでもイエスは笑いものにされ、立派な洋服を着せられてピラトの元に返されます。

「ピラトは祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め、こう言った。『あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します。』しかし彼らは、声をそろえて叫んだ。『この人を除け。バラバを釈放しろ。』」 (ルカ23:14-18)

ピラトは彼らの願いを聞き入れます。ローマ政府では、処刑の前に鞭打ちの刑が定められていました。処刑に使われる短い鞭は皮製で、体に傷を付けるため、小さな鉄の玉や先のとがった羊の骨片が編みこまれています。この鞭で背中、でん部、足が打たれます。鞭打ちは、失神あるいは死の一歩手前まで受刑者の体を弱らせる目的で行われました。鞭打ち刑による出血は、ショック状態を生み出し、この時の受刑者の状況により、実際の十字架刑の時間が推定されました。

ローマ兵はイエスにつばを吐きかけ、頭を殴り、いばらの冠をかぶせます。弱りきったイエスは定められたとおりに自分の十字架を背負って歩くことができず、ローマ兵はキレネ人のシモンに彼の十字架を背負わせます。十字架の重さはおよそ130キロ程度。受刑者が背負うのは十字架の横木だけですが、それだけでも30キロから55キロの重さがあります。

ローマの十字架刑では、受刑者の手首と足に釘を刺す方法が取られました。エルサレム近くにあるイエスと同時代の十字架刑受刑者の墓から、長さ12センチから17センチ、幅9センチくらいの釘も見つかっています。

十字架に吊り下げられた受刑者の全体重は肋骨筋にかかり、特に息を吐き出す時に、極度の負担がかかります。このため、息を吸った後に「足を使って体を持ち上げ、ひじを緩め、肩を内転させて息を吐き出さなければならない。しかしこの動作をすると、全体重が足根骨にかかり、極度の痛みを呼ぶ。また、ひじを緩めるためには、釘の刺さった手首を曲げる必要があり、ここでも大きな痛みを感じると共に、手首の正中神経が傷めつけられる。呼吸のために体を上下させるたびに、鞭で打たれた背中が、ささくれ立った十字架の縦木にこすり付けられ、激痛を呼ぶ。伸びきった腕は痙攣と知覚異常に襲われる。つまり、十字架上では呼吸そのものが非常な苦痛と疲労を伴うようにり、最後は呼吸のための体の上下が不可能になる。このように、十字架刑の最終的な死因は、疲れて呼吸ができなくなるための窒息死である」〔8〕

十字架刑は、鞭打ち刑の度合いにより、3~4時間で終わることもあれば、3~4日続くこともありました。十字架刑が長引きそうな場合、呼吸のための体の上下を難しくするため、ローマ兵が膝下の足骨を折るという処置がとられました。また、担当ローマ兵の1人が刀あるいは槍で、刃が心臓に達するまで体を刺すという習慣もありました。

ヨハネの福音書には「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した。』と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。それで、兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。 しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。」(ヨハネ19:30-34)とあります。

こうした事実を重ね合わせて考えれば、「イエスは気絶をしていただけで、後に墓の冷気で息を吹き返し、鞭打ちや十字架、槍による横腹の刺し傷といった極度の肉体的外傷をものともせずに元気を取り戻し、2トンの重さの石を動かして脱出し、40日間の伝道活動を行った」という主張は馬鹿馬鹿しいとしか言いようがありません。イエスの復活に関する膨大な史実は、彼の神格を認めるものです。またイエスを信じることにより、私たちも彼と同じように復活し、永遠の命を得られるという希望の源でもあります。

イエス・キリストキリストの十字のデッサンクリップアート;主題のための装飾: 復活について、さらに考える
復活について、さらに考える
指す矢; 最初に戻る。動きの蝶クリップアート;主題のための装飾:復活について、さらに考える

1.復活は悪質な作り話か、歴史上最も素晴らしい事実か?

2.イエスが持つ3つの信用証明

a. 歴史に残るイエスの人生
b. 預言を実現したイエスの人生
c. 死からの復活

3. 復活に対する近代社会の自然主義者的アプローチ

a. 神はいない
b. 我々は閉鎖的システムの中に生きている
c. 超自然は存在しない
d. 奇跡は起き得ない

4.復活の証拠があるにもかかわらず、自然主義者たちは「3」にある見解を元に、イエスの墓がもぬけの空になっていたことは、イエスが復活したことではないという結論に達する。

しかしこれは、哲学的前提であり、事実や証拠に基づいた前提ではない。カリフォルニア州立工科大学では「信じ難いの一言」と題された、復活に関するディベートが行われた。彼らの意識では、イエスに関する超自然的要素は、すべて除外されなければならない。

多くの人は、イエスの復活に関する証拠の有無ではなく、復活という概念と自らの哲学的思考との差に問題を感じる。

ジョン・ワーウィック・モンゴメリは「その事実が起きたかどうかを知る唯一の方法は、それが本当に起きた可能性を実際によく吟味することだ。『奇跡』を問題視するのなら、それは推測の中ではなく、歴史的調査の中で解決されるべき問題ではないか」(『歴史とキリスト教』より)と指摘している。

5. 他宗教が哲学的前提やイデオロギーにその基礎を置く中、キリスト教は開祖の人生、死、復活に信仰の基本をおいている。キリスト教は、開祖の真実性を証明する復活にその基本がある一方で、他宗教は、開祖の教えや哲学が基本となっている。

前出のR・マッケイン・エドガーの言葉はここで再び引用してみましょう。「『師』である彼は、死後、その墓から再びよみがえることにより、自らの能力に関するすべての発言を、穏やかに公言しているのである。イエス以前も、イエス以後も、このような発言がなされたことは一度もない。桁外れとも言えるイエスの発言に対し『預言を学ぶ神秘主義者が生み出したものに過ぎない』、あるいは『福音書の話の一部として挿入された』といった議論は、『物事を信じやすい』私たち人間にとっては、非常な迷惑である。墓からよみがえり、私たちの目の前に立つ能力に自分のすべてをかけようというイエスは、あらゆる『師』の中でも最も独創的人物である。自らの証言どおりに生きた彼の教えが、その人となりが、燦然と輝いているではないか!」

ジョージ・ワシントンの墓にはジョージ・ワシントンが、リチャード・ニクソンの墓には、リチャード・ニクソンが眠っています。しかしイエスの墓に行っても、そこにいるのは観光客だけです。

著名な研究者であり教育者であるウィルバー・スミスは「キリストの復活は、キリスト教信仰の拠り所である。復活の教義は、一世紀の世界を揺るがし、キリスト教をユダヤ教や地中海地域のどの他宗教よりも普及した宗教とならしめた。イエス・キリストの福音における重要かつ独特な要素は、すべてこの復活と共にあるのである。『そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。』(第一コリント15:17)」

アメリカの有名弁護士であり、法的証拠に関する著作が3冊あるサイモン・グリーンリーフ博士は、状況証拠に関し、「その事件の目撃者や関係者の多くが生きている間に、事件に関する情報が文章として発表された場合には、かなりの確率でその事件の有効性が認められる」としています。懐疑主義者であった彼は、ハーバード大学時代、常にキリスト教を馬鹿にしていました。しかし、クラスメートから「イエスの復活に関する証拠に、法律を当てはめてみろ」との挑戦を受けます。この挑戦に応え分析する間に、「イエスの復活は、事実としての証明が最も確実な史実のひとつである」との結論に達し、彼はクリスチャンになります。

法律の知識もあったジャーナリスト兼エンジニアの、フランク・モリソン博士の場合、イエスのライフスタイルには大きな敬意を払っていたものの、復活は単なる神話だと思っていました。復活に関する本を書こうと、パレスチナに取材旅行に行った時、彼はイエスを救い主として受け入れ、『岩を動かしたのは誰か?』という本を書きます。この本の第一章には「書かれざるべき本」というタイトルが付けられています。

C・S・ルイスは「私は、クリスチャンになるのを最もためらった人間の1人である。私は神の国を足蹴にすることばかり考えていた」と言っています。このC・S・ルイスをキリスト教に駆り立てた聖書的証拠は、イエス自身が自らの復活を予測していたことでした。
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「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。」(マタイ16:21)

「彼らが山を降りるとき、イエスは彼らに、『人の子が死人の中からよみがえるときまでは、いま見た幻をだれにも話してはならない。』と命じられた。」(マタイ17:9)

「そこで彼らは、そのおことばを心に堅く留め、死人の中からよみがえると言われたことはどういう意味かを論じ合った。」(マルコ9:10)

「そこで、ユダヤ人たちが答えて言った。『あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。』イエスは彼らに答えて言われた。『この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」そこで、ユダヤ人たちは言った。『この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。』しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。」(ヨハネ2:18-22)

これ以外にも、マタイ17:22-23、マルコ20:18-19など、自らの復活に関するイエスの預言は、聖書の中にたくさん見られます。

聖書に登場する復活時の出来事

大きな地震。

主の御使いが現れて、岩をどかす。

番兵が死んだようになる。

祭司長たちが番兵に賄賂を渡し、弟子たちが遺体を盗んだと嘘を言わせる。


復活の証拠

イエスが確実に死んでいた事実

  • 安息日が近づいていた。
  • イエスの死を確認したため、ローマ兵はその足を折る必要がなかった。
  • イエスの胴体が槍で刺し貫かれた。- イエスの墓
  • 刺された体から血と水がでてきた。
  • 急速に起こる遺体の腐敗。
  • アリマタヤのヨセフに遺体が与えられる前に、ピラトから百人隊長にイエスの死を確認したとの報告があった。

墓の状況について

  • 墓は空であった。
  • 敵対勢力も、墓が空になっていた事実を認めている。
  • 墓が空になっていたことを否定しなかったため、使徒たちは鞭打たれている。
  • 空になった墓を見た女性たちの存在。
  • どんな人も、墓の状況をチェックできる状態にあった。

遺体を包んでいた亜麻布について

  • マグダラのマリアが、ペテロとヨハネに、墓が空になっていたことを報告。
  • ヨハネはペテロより先に墓に着き、イエスの体を巻いていた布を確認(しかし中には入らず)。
  • ペテロは頭を巻いていた布が、別の場所に丸められているのを確認。


指す矢; 最初に戻る。

マタイの福音書にもマルコの福音書にも「大きな石」という表現があります。遺体3体を収める墓の入り口は、およそ1.5メートルの高さがあり、この入り口を閉じる岩は、2トンくらいの重さであったと考えられます。

  • 復活の後、岩は動かされ不自然な位置に置かれていた。
  • マタイの福音書の原語では、「転がす」という意味のギリシア語が使われている。
  • マルコでは、マタイと同じギリシア語に「上」を示す前置詞が使われている。これはつまり、傾斜や坂に沿って岩が上の方に動かされたという意味に他ならない。
  • 古代歴史家の中で、最も正確な記録を残した人物の一人とされているルカの場合、同じ「転がす」という意味のギリシア語に「離れる」「間隔」を示す前置詞が使われている。つまり、岩は墓の入り口から動かされたのだけではなく、墓あるいは墓所そのものから離れた場所に動かされたという意味である。
  • ヨハネは「拾って持っていく」という意味のギリシア語を使っている。つまり岩は持ち上げられた上で、動かされたことが分かる。
  • 番兵がその主張どおり眠っていたとしても、巨大な岩が動く音は聞こえたはずである。

番兵について

ピラトは「番兵を出してやるから、行ってできるだけの番をさせるがよい」と言いました。この番兵が神殿番兵であれ、ローマ兵であれ、勤務中に居眠りをしていたとなれば、ただ事ではすみません。神殿番兵であれば、鞭で打たれ洋服が焼かれるという刑罰を受けます(黙示録15:16「目をさまして、身に着物をつけ、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。」参照)。

一方ローマ兵は、通常16名から成る一部隊で30平方メートルを守れるよう訓練された戦闘ロボットのような存在でした。歩哨は3時間毎に交代します。12人のグループであれば、8人が休憩を取り4名が歩哨に、16人のグループであれば10人が休憩を取り6名が歩哨にあたりました。歩哨中に全神経を集中させられるよう、各兵士は8時間の睡眠を取っていました。

  • ローマ人はタフで有名。2メートル近い槍に1メートルの刀、短刀、雷の模様が入った皮や鉄のカバーがついた木製の盾を備えて、彼らは戦っていた。
  • ローマ兵が職務中に居眠りした場合、居眠りした本人だけでなく部隊全体が処刑される。まら彼らは身ぐるみ剥がされ、洋服は燃やされる。
  • こうした状況を考えれば、「ローマ兵は眠っていなかった」と考えるのが妥当である。

封印について

  • 封印は、ローマ兵の立会いの下でのみ、許可されている。
  • 生皮の紐が対角線上にかけられ、真ん中に封印がされる。
  • 印はチベリウス帝の印であり、封印されたものに対するローマ政府の影響力を意味する。
  • 封印を違法に破った人物は、逆さ十字架刑にされる。
  • こうした状況を考えれば、「使徒たちは封印を破らなかった」と考えるのが妥当である。

使徒について

イエスの復活を見る前の使徒たち

  • ペテロは、イエスを知っていることを否定 (合計で6回否定。3回続けて否定したことが2回。)
  • 臆病者 - 落ち込み、敗北感にさいなまれていた。「彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである。」(ヨハネ20:9)

イエスの復活を見た後の使徒たち

  • 投獄や鞭打ち、死刑の危険に晒されながらも、イエスの復活を宣言した。
  • 使徒行伝は、一貫してイエスの復活について語っている。「この私たちは、キリストの威光の目撃者です」
  • 彼らにこれほどの熱い思いを呼び起こすことができるのは、復活の事実だけである。
  • イエスは40日以上、使徒たちの前に姿を現している。「イエスは苦しみを受けた後、40日の間彼らに現われて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。」(使徒1:3)*原語では下線部に法律用語が使われている。

「イエスは彼女に言われた。『わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに「わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る。」と告げなさい。』」(ヨハネ20:17)

「その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。『平安があなたがたにあるように。』こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。」(ヨハネ20:19-20)
指す矢; 最初に戻る。

「イエスが来た時に一緒にいなかったトマスはイエスの復活を信じなかった。八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って『平安があなたがたにあるように。』と言われた。」(ヨハネ20:26) トマスは、自分が体験できる、客観的証拠が欲しかった。「それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」 (ヨハネ20:27)

  • イエスは漁をしていた弟子たちから100メートル程離れた海岸に姿を現す。「イエスは彼らに言われた。『舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。』そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。」(ヨハネ21:6)
  • ヨハネがペテロにそれがイエスであると告げる。ペテロは上着をまとって、湖に飛び込む。使徒たちが海岸に着くと、炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。
  • 紀元56年に書かれた第一コリントで、パウロは「キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っています・・・」(第一コリント15:6)と言い、イエス復活の証拠を確認できる人がいると証言している。
  • 十二使徒の内11人が殉教。ペテロはイエスと同じ形で十字架にかかる資格はないと、逆さ十字刑を望む。これほどまでの思いをもたらす何かがあったに違いない。

安息日(日曜日)について

  • 礼拝日が、これまでの土曜日から週の初めの日、日曜日に変わった。
  • 安息日を破ることは、ユダヤ人にとって大きな畏れである。かつて、安息日を破った故に、ユダヤ人は500年近くバビロンに捕囚された。
  • 使徒たちは神を畏れ、十戒の第四戒(安息日を覚えてこれを聖とせよ)を守るユダヤ人であった。。
  • 彼らの歴史・価値観を打ち破り礼拝日を日曜日に変えさせるような、記念碑的出来事が起きたとしか考えられない。
  • キリスト教と関係のない歴史書(『ユダヤ古代誌』)にも、イエスが3日目に姿を現したことが記録されている。
  • 復活が事実でなければ、使徒たちが神の天罰を省みず、ユダヤ社会から追放される危険を冒したはずがない。

結論

イエスの復活は事実である!

イエスの復活に対する反論

  • 「使徒たちが遺体を盗んだ」
    →ローマ政府の封印を破ること、ローマ番兵の存在、墓をふさいでいた巨大な岩、遺体を包んでいた亜麻布、500人の前に姿を現したこと等の問題をどう解決するのか?
  • 「幻覚を見ていた」
    →幻覚は個人的なものであり、グループ全体や多人数に適応されるものではない。
    →幻覚症状は急になくならない。しかしイエスが昇天した後に「イエスが現れた」という証言はパタリと止んでいる。
    →幻覚は、感情的に不安定な人や特定の事件や事象を期待している人が見る。使徒たちは、十字架刑の後、イエスの姿を再び見るとは全く思っていなかった。
    →使徒たちが幻覚を見ていただけなら、ユダヤ人とローマ人は、墓が空になっていないことを証明できたはず。

「ローマ人とユダヤ人が遺体を持ち出し、安全な場所に動かした」

  • 「空になった墓」は、イエスの復活を示唆するローマ人やユダヤ人たちが望まない状況である。彼らが、こうした状況を敢えて自分たちの手で作り出すことがあろうか?
  • 遺体のある場所を知っていたなら、遺体を見せ、イエスの復活に基づくキリスト教の普及を止められたはず。
  • そうする代わりに、ユダヤ人はクリスチャンがイエスの復活を語らないよう、彼らを逮捕し、迫害し、鞭で打った。
    「ユダヤ人の沈黙は、クリスチャンの声よりも大きな声で真実を語る」(ジョシュ・マクドウェル)

「イエスは気絶していただけである」; キリストの復活 嘘

  • イエスは激しく鞭打たれ、自分の十字架の横木をかつげないほど弱りきっていた。十字架に釘付けされ、窒息し、槍で突かれ、体からは血と水が出てきた。にもかかわらず「気絶していた」だけで、墓の冷気ですっかり元気を取り戻すことが可能だろうか?
  • 弱りきった体で起き上がり、2トンの石を動かし、エルサレムで40日間の伝道活動をすることができるだろうか?
  • 処刑にかかわった担当者4名が、イエスの死を確認・保証している。

イエス・キリストキリストの十字のデッサンクリップアート;主題のための装飾:預言の成就 預言の成就 指す矢; 最初に戻る。動きの蝶クリップアート;主題のための装飾:キリスト 実在 証明。イエス・キリストの神格を証明する有力証拠。イエス 死 復活 説明 聖書 キリスト 教 。/預言の成就

「ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから十一キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。・・・『ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で、行ないにもことばにも力のある預言者でした。それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです。・・・その女たちは朝早く墓に行ってみましたが、イエスのからだが見当たらないので、戻って来ました。そして御使いたちの幻を見たが、御使いたちがイエスは生きておられると告げた、と言うのです。それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、はたして女たちの言ったとおりで、イエスさまは見当たらなかった、というのです。』 するとイエスは言われた。『ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか。』 それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。」(ルカ24:13-27)

「彼らは目的の村に近づいたが、イエスはまだ先へ行きそうなご様子であった。それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから。」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中にはいられた。彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」 (ルカ24:28-32)

目には見えない神の手が、その作者に霊感を与えて書かれた聖書には、数百の預言が書かれています。この内、300にも上る救世主預言が、イエスにより成就されています。ジョシュ・マクドウェルは、『評決を求める証拠たち』の9章で、救世主に関する預言の中でも主要な61の預言について分析しています。〔9〕

イエスはこうした預言を知っていて、故意にそれに合う行動をしたという主張がありますが、預言の多くはイエスのコントロールを超えています。

→誕生地(ミカ5;2)、誕生の時期(ダニエル9:25、創世記49:10)、生まれた時の状況(イザヤ7:14)、弟子に裏切られること(詩篇41:9、ゼカリヤ11:12ー13)、死に至るまでの状況(詩篇22:16)、嘲笑、凝視、つばを吐くといった人々の反応(イザヤ50:6、ミカ5:1、詩篇22:7ー8、イザヤ53:3、詩篇69:8、詩篇118:22、詩篇69:4、イザヤ49:7、詩篇38:11、詩篇22:7、詩篇109:25、詩篇22:17)、槍に刺されること(ゼカリヤ12:10、詩篇22:16)、埋葬方法(イザヤ53:9)

また、こうした預言はイエスの存命中あるいは彼の死後書かれたもので、捏造されたものであるという主張も聞かれます。しかし、旧約聖書は紀元前450年には完了し、またヘブル語聖書のギリシア語版である70人訳聖書の翻訳は、プトレマイオス2世フィラデルフォスの時代(紀元前285ー246年)に始まっていることが、歴史学上証明されています。ヘブル語の旧約聖書が完成し、人々の手に渡っていなければ、紀元前250年頃に他言語への翻訳が始まっていたはずがありません。つまり、預言が記録された時期からイエスがそれを成就するまでに、少なくとも250年程度の時間が流れたことになります。

こうした救世主預言の中から、時空を超えた知能を持つ存在を証明する、素晴らしい預言のいくつかを見てみましょう。

  1.  処女受胎。
    「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』*と名づける。」(イザヤ7:14。紀元前758~698年に預言)*「神が共にいる」の意。
  2. ベツレヘムでの誕生
    「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2。紀元前756~697年に預言)
  3. イエスの統治と世界が始まる前からイエスが存在した事実
    「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)
    「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。 」(イザヤ9:7)
  4. ヘロデ王による幼児殺害
    「主はこう仰せられる。『聞け。ラマで聞こえる。苦しみの嘆きと泣き声が。ラケルがその子らのために泣いている。慰められることを拒んで。子らがいなくなったので、その子らのために泣いている。』」(エレミヤ31:15)
  5. イエスの前に、使者が立てられること

    「荒野に呼ばわる者の声がする。『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。』」(イザヤ40:2).
    *この預言は、バプテスマのヨハネの出現で成就。「そのころ、バプテスマのヨハネが現われ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言った。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』」
    (マタイ3:1-2)
  6. ガリラヤでスタートした宣教活動

    「しかし、苦しみのあった所に、やみがなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は、はずかしめを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは光栄を受けた。 (イザヤ9:1)
    *この預言は、マタイで成就。「ヨハネが捕えられたと聞いてイエスは、ガリラヤへ立ちのかれた。そしてナザレを去って、カペナウムに来て住まわれた。ゼブルンとナフタリとの境にある、湖のほとりの町である。・・・この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。『悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。』」(マタイ4:12-13、17)
  7. ロバの背中に乗ってのエルサレム入城

    「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ9:9)*ルカ19:35-37に、イエスがロバに乗ってエルサレム入りした記録。

    ゼカリヤは、バビロニア生まれの預言者で、ゼブルンとヨシュアの時代にエルサレム再建のために帰国した帰エルサレム第一団に加わり、神殿の再建に携わりました。ゼカリヤ以外にも、紀元前1000年~500年の500年の間に、旧約聖書でイエスの苦しみ、裏切られること、死、埋葬に関する多くの預言がされています。
  8. 友に裏切られること
    「私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた。」(詩篇41:9)イエスは友であったイスカリオテ・ユダに裏切られました。(マタイ10:4)
  9. 銀貨30枚で裏切られること
    「私は彼らに言った。『あなたがたがよいと思うなら、私に賃金を払いなさい。もし、そうでないなら、やめなさい。』すると彼らは、私の賃金として、銀三十シェケルを量った。」(ゼカリヤ11:12) イエスは、銀貨30枚と引き換えに裏切られ、売られました。(マタイ27:3)
  10. イエスを裏切った銀貨が神殿に投げ込まれること
    「主は私に仰せられた。『彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。』そこで、私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。」(ゼカリヤ11:13)
    指す矢; 最初に戻る。

マタイ23:3-7には、「そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、 『私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。』と言った。しかし、彼らは、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ。』と言った。それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして、外に出て行って、首をつった。祭司長たちは銀貨を取って、「これを神殿の金庫に入れるのはよくない。血の代価だから。』と言った。彼らは相談して、その金で陶器師の畑を買い、旅人たちの墓地にした。」とあります。ゼカリヤ11:13にあるように、神は数百年も前にこの事実をゼカリヤに伝えていました。

旧約聖書には、(1)裏切られること、(2)友に裏切られること、(3)銀貨、(4)30枚で裏切られること、(5)銀貨が投げられること、(6)主の家に投げ入れられること、(7)陶器師と呼ばれる人物の畑が買われたこと、が預言されています。

他にも、次のような様々な預言が成就しています。

  • 1. 十二使徒に見捨てられる(ゼカリヤ13:7で預言。マタイ26:31、マルコ14:27、14:50で実現)
  • 2. 偽の証言で糾弾される(詩篇35:11で預言。マタイ26:59-60で実現)
  • 3. 責められても黙っている(イザヤ53:7で預言、マタイ27:12で実現)
  • 4. 傷つけられ、打たれる(イザヤ53:5で預言、マタイ27:26で実現)
  • 5. 侮辱され、つばをかけられる(イザヤ50:6で預言、マタイ26:67実現)
  • 6. 嘲笑(詩篇22:7ー8で預言。マタイ27:31で実現)
  • 7. 手と足が刺し貫かれる(詩篇22:16で預言。ルカ23:33、ヨハネ20:25で実現)
  • 8. 盗賊とともに十字架にかけられる(イザヤ53:12で預言、マタイ27:38、マルコ15:27ー18で実現)
  • 9. 十字架にかけられながら、彼を責めた人々のために執り成しをする(イザヤ53:12で預言、ルカ23:34で実現)
  • 10. 自分の民に否定される(イザヤ53:3で預言、ヨハネ7:5、48で実現)
  • 11. 訳もなく嫌われる(詩篇69:4、イザヤ49:7で預言。ヨハネ49:7で実現)
  • 12. 友が遠くに立って見つめている(詩篇38:11で預言、ルカ23:49で実現)
  • 13. 人々が握手する(詩篇109:25で預言、マタイ27:39で実現)
  • 14. さらし者として眺められる(詩篇22:17で預言、ルカ23:35で実現)
  • 15. 彼の洋服が分けられ、くじ引かれる(詩篇22:18で預言、ヨハネ19:23-24で実現)。
  • 16. 喉の渇きに苦しむ(詩篇69:21で預言、ヨハネ19:28で実現)
  • 17. 苦いものと酸いぶどう酒が差し出される(詩篇69:21で預言、マタイ27:34で実現)
  • 18. 見捨てられたイエスの叫び(詩篇22:1で預言、マタイ27:46で実現)
  • 19. 神の霊との対話(詩篇31:5で預言、ルカ23:46で実現)
  • 20. イエスの骨が折られない(詩篇34:20で預言、ヨハネ19:33で実現)
  • 21. 心臓が突かれる(詩篇22:14で預言、ヨハネ19:34で実現)
  • 22. わき腹が突かれる(ゼカリヤ12:10で預言、ヨハネ19:34で実現)
  • 23. 地が暗闇で覆われる(アモス8:9で預言、マタイ27:45で実現)
  • 24. 裕福な人の墓に埋葬される(イザヤ53:9で預言、マタイ27:57-60で実現)

イザヤ書53章には、救世主としてのイエスに関する、力強い預言があります。

「私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現われたのか。

彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。

しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。

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彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。

しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。」

紀元前700年頃に行われたイザヤによるこの素晴らしい預言は、イエス・キリストによりすべて成就されました。私たちの罪の身代わりの生贄であること、イエスが無実であること、謙遜と控えめな態度、優しさ、不公平に耐える態度、犯罪者二人に挟まれた処刑、アリマタヤのヨセフという裕福な人物の墓に埋葬されること・・・。全知であり、時空を超え、物事の最初から最後までを見れる神にとって、イザヤにこうした預言を与えることは何でもないことです。イザヤは、ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世(紀元前758年~698年)にユダとエルサレムに起きることを預言しました。ユダヤ教の言い伝えによれば、イザヤは90歳の時、偶像崇拝をしていたマナセ王の命令により、いなご豆の幹に括り付けられ、鋸により処刑されています。〔10〕

紀元前1085にベツレヘムで生まれたダビデは、後にユダの王となりました。そのダビデは、イエスの苦しみに関し、下記のような預言を残しています。

「わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。 けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。私たちの先祖は、あなたに信頼しました。彼らは信頼し、あなたは彼らを助け出されました。彼らはあなたに叫び、彼らは助け出されました。彼らはあなたに信頼し、彼らは恥を見ませんでした。しかし、私は虫けらです。人間ではありません。人のそしり、民のさげすみです。私を見る者はみな、私をあざけります。彼らは口をとがらせ、頭を振ります。『主に身を任せよ。彼が助け出したらよい。彼に救い出させよ。彼のお気に入りなのだから。』

どうか、遠く離れないでください。苦しみが近づいており、助ける者がいないのです。数多い雄牛が、私を取り囲み、バシャンの強いものが、私を囲みました。 彼らは私に向かって、その口を開きました。引き裂き、ほえたける獅子のように。 私は、水のように注ぎ出され、私の骨々はみな、はずれました。私の心は、ろうのようになり、私の内で溶けました。私の力は、土器のかけらのように、かわききり、私の舌は、上あごにくっついています。あなたは私を死のちりの上に置かれます。犬どもが私を取り巻き、悪者どもの群れが、私を取り巻き、私の手足を引き裂きました。私は、私の骨を、みな数えることができます。彼らは私をながめ、私を見ています。彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。主よ。あなたは、遠く離れないでください。私の力よ、急いで私を助けてください。私のたましいを、剣から救い出してください。私のいのちを、犬の手から。私を救ってください。獅子の口から、野牛の角から。あなたは私に答えてくださいます。」(詩篇22:1ー8、11-21)

すでに何度か指摘したように、ローマ兵はイエスの手首と足首を釘で打ちました。安息日が近く、処刑を速やかに終わらせたかったローマ兵は、イエスの足の骨を折ろうとします。しかし彼らが確認した時、イエスはすでにこときれていたため、彼の足は折られませんでした。またローマ兵はイエスの洋服を取り、4つに裂いて、自分たちの間でそれを分けました。「さて、兵士たちは、イエスを十字架につけると、イエスの着物を取り、ひとりの兵士に一つずつあたるよう四分した。また下着をも取ったが、それは上から全部一つに織った、縫い目なしのものであった。そこで彼らは互いに言った。『それは裂かないで、だれの物になるか、くじを引こう。』それは、『彼らはわたしの着物を分け合い、わたしの下着のためにくじを引いた。』という聖書が成就するためであった。」(ヨハネ19:23-24)

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ピーター・ストーナー著『科学は語る』によれば、数ある預言の中で、わずか8つの預言が成就する確率は「10の17乗分の1(1の後ろに0が17個ついた分の1)」です。〔11〕ストーナーは、次のような例を使ってこの確率を分かりやすく説明しています。10の17乗分の銀貨をテキサス州全土におくと、それは60センチの高さになります。「そこで、この銀貨のひとつに印をつけ、テキサス中の銀貨をごちゃまぜにする。目隠しをした人を連れてきて『テキサス中どこに行っても良いが、印のついた銀貨である思うものを一枚拾ってきなさい』と言った場合、この人物が印のついた銀貨を正確に拾える可能性は、どのくらいだろうか? 8つの預言が一人の人間により成就する可能性も、これと同じ可能性である」

一人の人間が48の預言を成就する確率は、「10の157乗分の1」という恐ろしいまでの無限小の確率ですが、イエスはそれを実現しています。この事実には、知性を持った神が預言者に霊感を与え、自らのひとり子であるイエスを通して預言を成就させたという説明以外にはないようです。

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新約聖書の記述は信用できるか?

ルカは有能な歴史家です。たとえば、ルカによる福音書の3章には具体的に、「皇帝テベリオの治世の第十五年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの国主、その兄弟ピリポがイツリヤとテラコニテ地方の国主、ルサニヤがアビレネの国主であり、アンナスとカヤパが大祭司であったころ、神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。」(ルカ3:1-2)とあります。

シリア暦によれば、皇帝テベリオが王位についたのは紀元14年の8月なので、治世第15年は、紀元27年の10月になります。

ヨハネによる福音書では、バプテスマのヨハネによるイエスの受洗から十字架まで、3回にわたる過ぎ越しの祭りの様子が描かれています(ヨハネ2:13、6:4、11:55)。最後の晩餐は、3回目の過ぎ越しの祭りの前に行われたものです(ヨハネ13:1)。

紀元27年から数えて3回目の過ぎ越しの祭りは紀元30年ですから、一般的に、イエスが十字架で死んだのは紀元30年と考えられています。

福音書の執筆時期に関する専門家の意見 

福音書の執筆時期を確認するのは重要なことです。人の記憶は薄れるものですから、事件が起きてすぐ、その記憶がまだ新鮮な内に記録された方が、より正確なのは当然です。時間の流れとともに情報が少なくなれば、その事件の記録における間違いも多くなるでしょう。

使徒行伝に「私は前の書で、イエスが行ない始め、教え始められたすべてのことについて書き・・・」とある事実を踏まえ、一般的には福音書の著者であるルカが、使徒行伝を書いたと考えられています。両方とも、テオピロに宛てられたものであり、また文体や言葉遣いも似通っています。使徒行伝が紀元60年~62年に書かれたという根拠と証拠について、歴史家のコリン・ハーマーは以下のようにまとめています。

  1. 70年に起きた、エルサレム崩壊の記録がないこと。
  2. ユダヤ人とローマ人の間に起きたユダヤ戦争(66年)の記録がないこと。 3. 60年代後半に起きた、ネロによるクリスチャン迫害の記録がないこと。
  3. ヨセフスの『古代誌』にあるサンヘドリンによるヤコブの死刑(62   年)の記録がないこと。
  4. ローマへの敵意へとつながったサンヘドリンの台頭と権威が書かれており、  70年代前の社会情勢に則していること。
  5. パリサイ人に共感した表現があること。パリサイ人が再び勢力を得て、キリスト教徒と反目するようになったヤムニア会議前であれば、こうした表現はないはず。
  6. ペテロがローマに到着する前に書かれていると思われる記述がある。
  7. 神を畏れる異邦人たちが、シナゴグ(ユダヤ教寺院)に入ることを許されていた70年代前に書かれている。
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現在では、以前の研究で言われていた時代よりももっと早い時代に、新約聖書が書かれたという見解が一般的になりつつあります。ウィリアム・F・オルブライトは、「今日、革新派の新約聖書批評家は新約聖書が書かれた時期を130年から150年としている。しかし、新約聖書が西暦80年頃以降に書かれたことを示す確固たる記録は、皆無だと断言できる」としています。〔12〕

一般的に、ルカによる福音書は使徒行伝が書かれた直後、マタイによる福音書は70年頃、ヨハネによる福音書は100年頃に書かれたとされています。「神の死」運動で有名なジョン・A・T・ロビンソンは、『新約聖書の年代再考』で、福音書の記録時期をマタイ→40~60年、マルコ→45年~60年、ルカ→57年以前から60年以降、ヨハネ→40年以前から65年以降と測定。共観福音書は、すべて事件の目撃者や関係者が生きていた時代に書かれたものであり、その信憑性が保証されるとしています。またイエズス会系古文書研究家のスペイン人、ホセ・オカラハンは、1972年3月18日にクムランで発見された手書き文書の破片をマルコによる福音書の一部であり、西暦50年頃のものと特定しています。

「使徒行伝とルカによる福音書は、ひとつの歴史書の一部であり、第一部(ルカによる福音書)が書かれた直後に第二部が書かれたと思われる。このため、使徒行伝の年代測定は、ルカによる福音書の年代測定に大きく関係している。この2部構成の歴史書が、パウロのローマ投獄(60~62年)の直後に書かれたものであることを示す、強力な証拠がある。

パウロ13書簡の執筆時期は、内部・外部双方の証拠から特定できる。(中略)今日、『エペソ人への手紙』を拒否する研究者と『テサロニケ人への手紙第二』を拒否する研究者がいる。しかし牧会書簡と呼ばれる『テモテの手紙第一・第二』および『テトスへの手紙』が、パウロの著述であることを否定している研究者の数はそれよりもさらに多い。私は、こうした書簡がすべて彼の手により書かれたと思っており、また残る8書簡についても、パウロ書簡である証拠は十分だと考えている。

パウロの名前が冠された10書簡は、彼のローマ投獄直前に書かれたものである。書かれた順番どおりに、執筆時期を特定すると、ガラテヤ(48年)、テサロニケ第一・第二(50年)、コリント第一・第二(54~56年)、ローマ(57年)、ピリピ、コロサイ、ピレモン、エペソ(60年頃)となる。」〔13〕x

その語法や歴史的状況(パウロ書簡に出てくる教会の変化)を考えると、牧会書簡は、パウロ書簡の後、63年~65年の間に書かれたものと思われます。パウロが65年に二度目の投獄を受け、そのまま死刑になったことを考えると、これも特に大きな問題ではありません。

F・F・ブルースは新約聖書に書かれた事件が起きた時期とそれが記録された時期との時間的ギャップは短く、人々の記憶が薄れるような(そしてそうした話が神話となるような)時間はなく、信頼できるものだと結論付けています。

原本

福音書の原本が書かれた時代に比較的近い時期のコピーが複数見つかっていることも、一連の情報が誤りなく伝わっていることを示す証拠です。最古の原稿と最新の原稿の間にどのくらいの時期のズレがあるかにより、現存している原稿の権威と信頼性が決まってきます。

19世紀、ドイツ人神学者たちは、ヨハネの福音書は160年頃まで書かれず、このため、同書に書かれたイエスの記述に歴史的価値はないと主張しました。

しかし1920年、エジプトで見つかったおよそ6センチ×9センチのパピルス紙片に、ヨハネによる福音書の18章にある5節が見つかったのです。1934年、イギリス、マンチェスター市にあるジョン・ライランズ図書館のパピルス紙を整理していた聖ヨハネ・カレッジのC・H・ロバーツは、この紙片を100年~150年頃のものと測定。同じ紙片に対し、著名な古文書研究家のアドルフ・ダイスマンも、少なくともローマ皇帝ハドリアヌス帝の統治(117年~138年)あるいはそれよりもさらに古いトラヤヌス帝(98年~117年)の統治時代のものとしています。

このパピルス紙片のコピーは、ヨハネが福音書を書いたと思われる小アジアのエペソから遠く離れたエジプトのナイル川付近で発見されました。つまり、ヨハネの福音書の初期のコピーが、この時期にすでにエジプトまで出回っていたことが証明されます。

ヨハネの福音書が早い時期に書かれた事実に関し、ウィリアム・F・オルブライトは、クムラン社会から見つかった証拠と照らし合わせ、ヨハネの福音書の概念、語法、理念は1世紀頃の社会を反映していると主張しています。「クムランでの発見により、新約聖書が25年~80年頃のキリストと彼の使徒たちの教えについて書かれたものというこれまでの信念が証明された」〔14〕

現存する原稿

現存する聖書の手書き原稿のコピーは、ギリシア語が5,664、ラテンのウルガタ聖書が8千から1万、エチオピア、スラブ語、アルメニア語があわせて8千となっています。(『ナザレのイエスは神の子か』ブルース・メッツガーとのインタビューより)シナイ写本(新約聖書のみ)とバチカン写本は、およそ350年頃のものとされ、すべてギリシア語の大文字で書かれています。同時代の他の歴史書と比べ、新約聖書の原稿の多さは圧倒的です。

ここで再び前出のF・F・ブルースの言葉を引用してみましょう。

「紀元前58年~50年に書かれたシーザーの『ガリア戦記』について考えてみよう。現存する『ガリア戦記』の原稿数は一握りである。その中でも有効な原稿は10冊ほどしかなく、現存する記録の中で最古のものは、シーザーの死後から9世紀も経った時代のものだ。また、ティトゥス・リヴィウス(紀元前59年~紀元17年)が書いたローマの歴史書142冊の内、残っているのはわずか35冊。この中で、歴史的価値のあるコピーは20もなく、また最も古い4世紀頃の第3巻から第5巻の紙片は1つしかないことが分かっている。タキトゥス(100年頃)が書いた『歴史』全14巻の内現存しているのは4冊だけ、また『年代記』の場合は、完全な形で残っているのが10冊、一部が残っているものが2冊である。タキトゥスの偉大な歴史研究は、9世紀と10世紀にコピーされた、たったこれだけの現存原稿に頼っているのだ。

トゥキュディデス(紀元前460年~400年)の歴史書には、8つの手書き原稿が残っている。最古のものは紀元900年頃のもので、この他にキリスト教黎明期のものと思われるパピルス紙片が何点か見つかっている。ヘロドトス(紀元前488年~428年)の歴史書にも、同じようなことが言える。

この通り、現在の私たちに参考になるこうした歴史書のコピー原稿は、原本が書かれてから1,300年も後のものである。しかし、古典研究家の中で、この点を理由にその信憑性を問題にしている人は誰もいない。」

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本ウェブサイトは、神の性質、神とは、イエス・キリストとは誰かを説明し、神の救いの計画に関する理解を深めていただくことを目的としています。本ウェブサイトの著者である私から、今、イエス・キリストを受け入れる簡単なお祈りを捧げることをお勧めします。イエスは「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(黙示録3:20)と言いました。祈りは、神との対話です。神はあなたの心をご存知です。あなたの言葉ではなく、心を見られます。以下のような簡単な言葉で構いません。神様にぜひ語りかけて下さい。

「主なるイエス様。私にはあなたが必要です。
私の罪のために十字架で死んで下さったことに感謝します。
今、私の人生に入って下さい。あなたを、私の救い主・主として受け入れます。私の罪を赦し、永遠の命を与えてくだりありがとうございます。
私の人生を導いて下さい。あなたが望むような人間に私を変えて下さい。」

イエスにあなたの人生に入っていただくよう願い、彼を受け入れることで、永遠の命を与えてくださる宇宙の神との契約関係を築くことができるのです。これは、一時的な感情の高まりではありません。祈りを捧げたあなたの心には神の聖霊が住み、あなたを変えてくれます。そしてあなたは新しい人間になっていくのです。

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参考文献

〔1〕 Smith, Wilbur M. Therefore Stand Christian Apologetics. Grand Rapids Baker Book House, 1965
〔2〕 Greenleaf, Simon. Testimony of the Evangelists, Examined by the Rules of Evidence Administered in Courts of Justice. Grand Rapids Baker Book House, 1965
〔3〕 A.T. Robertson Word Pictures in the New Testament New York R.R. Smith, Inc., 1931
〔4〕 Stott, John R.W. Basic Christianity. Downers Grove InterーVarsity Press, 1971
〔5〕 Roper, Albert. Did Jesus Rise from the Dead? Grand Rapids Zondervan Publishing House, copyright 1965
〔6〕 Smith, William (ed.). Dictionary of Greek and Roman Antiquities. Rev.ed. London James Walton and John Murray, 1870
〔7〕 William D. Edwards, MD; Wesley J. Gabel, MD; Floyd E. Hosmer, MS., AMI, "On the Physical Death of Jesus Christ," JAMA, March 21, 1986 ー Vol 255, No. 11, p. 1455
〔8〕 JAMA, March 21, 1986 ー Vol 255, No.11, p.1461.
〔9〕 Evidence That Demands A Verdict (Campus Crusade for Christ, Inc., 1972, 1979) Josh McDowell
〔10〕Smith, William, L.L.D., A Dictionary of The Bible, Thomas Nelson
Publishers, Nashville
〔11〕Stoner, Peter W. Science Speaks. Chicago Moody Press, 1963
〔12〕“Recent Discoveries in Bible Lands”, 136 from “Baker Encyclopedia of Christian Apologetics,” Norman L. Geisler
〔13〕(F.F. Bruce, “The New Testament Documents Are They Reliable”).
〔14〕“Recent Discoveries in Palestine’ from the “Baker Encyclopedia of Christian Apologetics,” Norman L. Geisler (“From Stone Age to Christianity,” 23).

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はじめに
1.目次
2 神は存在するのか?
3 魔術とヨーガ
4 天国への道
5 神が実在する証拠
6 神の愛と怒り
7 キリスト教以外の宗教や思考体系
8 偽りの神や預言者
9天地創造論VS. 進化論
10 その他のリンク
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